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自閉症のこだわりについて

今日は自閉症のこだわりと想像力の障害について書いてみたい。

ここで言う「こだわり」という言葉も、一般的な使われ方とはちょっと違う

・・・ように思う。


一般的には

「小さなミスにこだわる」(必要以上に気にする)

「材料にこだわった料理」(妥協しない)

という意味で使われることが多い。


それに対して、自閉症のこだわりというのは、強迫的な要素をふくんでいる。

「強迫的な」というのは、そのこだわりが非常に強く、そのこだわりを

妨げられると強い苦痛を感じることを意味している。


まず、変化に弱い。同一性の保持って言われるけれども、

いつも同じでないと許せないという感じ。


例えば、

スクールバスで通学している自閉症の子どもの場合、

工事中とか、何かの理由でいつもの運行ルートが変わることがあると

いつもと違うことが本人に感じられた時、大きなパニックになることがある。

いつもと違うことは許せない。我慢ができない。


また、なにかに取り掛かるときに、その人なりの決まった手順がある

ことがある。それは見ていると、儀式のように見える。


例えば、

学習が終わって、ふでばこを閉めるときに、それぞれの鉛筆がいつもの

位置にあるかを確認する。ふでばこのふたを閉めたかと思うとまた開けて

それを3回はやらないと気がすまない・・・なんてこともある。

その儀式のようなものは、なかなか省略できない。

急いでいる時でも、本人の気が済むまでやらないとおさまらない。

無理やり、儀式を中断しようとすると機嫌が悪くなったり、パニックになる。


でも、マイナスの点ばかりではない。

狭い範囲での強い関心により、驚くようなパフォーマンスをすることも

少なくない。

年齢が低いのに、絵カードにある国旗はすべて覚えているとか。

やたら、難しい漢字を覚えていて、すらすら書けるとか。

3回CDを聞けば、その曲をピアノで弾けるようになるとか。


自閉症の人にはフォトグラフィクメモリーといって、見たものを写真をとるように

瞬時に記憶する能力がある場合がある。


その脳への情報の取り込み方に自閉症特有のものがあって、それによって

強迫的なこだわりも起こってくるような気がしている。


例えば、

あるアスペルガー障害の男の子は就学前にはこんなことができた。

20枚の絵カードを並べて、一瞬だけ見せて片付ける。

順番をバラバラにした絵カードをその子に渡すと、見事にはじめの順番通りに

カードを並べることができた。でも、その子は年齢が上がるに連れて、

その能力が衰えてきて、正確ではなくなった。

そこで生活の部分ではどんな変化があったのかというと、

お母さんと話をしてみたら、就学前はパニックも多くて、お友達との関係も成り立ち

にくかった。だんだん、年齢が上がるに連れて、パニックも少なくなり、お友達と

遊べるようになって来た。それは考えて見れば、バラバラにしたカードの再現能力が

衰えてきたのと一致している。


自閉症の人は1度脳に入力された情報を簡単には修正できないということでは

ないかと思う。ごく簡単に言ってしまえば、忘れられないってこと。


頭の中に入ってくる情報がとても強烈に刻印され、それに一致しない情報には強い

不快感、強い苦痛を感じるということではないだろうか。

そして、想像力の障害というのは、入力された情報があまりに強く意識される

ために、入力された情報がすべてで、入力されていない、体験していないことを

想像する、推測する能力が育っていかない。

想像する力の伸びが阻害されてしまうことになるのではないだろうか。


以上のようなことから、やっぱり、自閉症のこだわりと想像力の障害というのは

自閉症でない人の「こだわる気持ち」とはずいぶん違う。



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